米国NCAAは日本の「体育会系」を変えることができるのか?(現代ビジネス)

一時帰国のために東京に到着したのが2週間ほど前。それからテレビを点けるたび、朝も夜もほとんどのニュース番組やワイドショーで日大アメフト部の「殺人タックル」問題が繰り返し映し出されてうんざりしていた。

 今はそれが紀州のドン・ファン事件に取って代わった(それはそれでうんざりしている)が、仕事柄ミーティングを行う相手はスポーツ関係者が多いため、その度ごとに必ずと言っていいほど大学スポーツの話題に及んでいる。

 日米の大学スポーツの違い、特にNCAA(National Collegiate Athletic Association/全米大学体育協会)が米国ではどのように機能しているのか。あるいは日本版NCAAがあれば、今回のような件も起こりにくいのではないか、という議論もたくさん出た。結論を言えば、NCAAのような組織を作ったところで根本的な解決は難しいだろう。

 大学スポーツの歴史も違えば、スポーツに対するお金のかけ方も異なるし、参考にできることもあれば日本独自の道を探さなければならない点も多々ある。

 今回の議論で一つだけ間違いなく良かった点は、今年度を目処に設立を目指している日本版NCAAが、大学スポーツの観戦チケット販売やテレビの放映権など商業的な側面に注目が集まっていた中、NCAAが本来の役割として”Academics”、”Well-Being”、”Fairness”という3つの柱を掲げ大学アスリートの勉学や安全性、スポーツマンシップなどを統括する組織であるという事実に目が向けられたことだろう。

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